モダリス(2021年3月号|ガイドブック)


1.現状

2016年1月に設立し、2020年8月に東京証券取引所マザーズ市場(以下、「東証マザーズ」という)に上場したモダリスは、創業4年という非常に短い期間で上場まで漕ぎ着きました。

その背景にはモダリスの経営戦略が東証マザーズの上場基準に対して非常に相性が良かったことが上げられます。

日本に上場するバイオテック企業の多くは非臨床試験(動物実験モデル)での導出を行い、それによって売上高を計上する戦略が頻繁に用いられます。

モダリスの経営戦略もそれに近いものがありますが、同社の事業態がゲノム編集*による創薬であることから、非臨床試験より早い段階(研究段階)での導出が可能です。

よって、他のバイオテック企業に比べて早い段階での売上高を計上することが可能であり、それに伴い利益も計上しやすい体質であることから早期上場が可能となりました。

今後も同様の経営戦略を基盤としながら活動を続けると想定され、さらに最先端のゲノム編集創薬は大手製薬会社からも非常に人気のある分野であることから、当分の間は安定した財務体質を維持するものと思われます。

*ゲノム編集:遺伝子**の特定の場所にある遺伝子配列を思い通りに改変する技術。

**遺伝子:親の生物学的な特徴が子供に伝わることを遺伝といい、それを伝えるDNAの特定の部分が遺伝子である。

 

2.主要なゲノム編集技術

・CRISPR-GNDM技術

モダリスのゲノム編集技術はCRISPR-GNDMと呼ばれ、第3世代のゲノム編集技術であるCRISPR-Cas9(クリスパーキャスナイン)を基にした技術です。

CRISPR-Cas9は、第1世代のZNF(ジンクフィンガーヌクレアーゼ)、第2世代のTALEN(ターレン)での課題だったゲノム編集の正確性・効率性と技術的費用の両面で大きく進展を遂げました。

また、ジェニファー・ダウドナ氏とエマニュエル・シャルパンティエ氏は同技術を開発したことで2020年ノーベル化学賞を受賞しています。

CRISPR-Cas9が生み出されたことでゲノム編集技術は大きく前進しましたが、生体内でゲノム編集治療を行う、所謂In vivo(インビボ)遺伝子治療の実現には課題が山積みです。

治療薬の開発では安全性が最も重要視されており、CRISPR-Cas9もそれに該当します。

CRISPR-Cas9ではゲノム配列のターゲットとするポイントでの切断を非常に高確率で行えますが、成功率は100%ではなく、さらに誤ったポイントでの切断を実行してしまうこと(オフターゲット効果)も課題です。

このオフターゲット効果の理由によりCRISPR-Cas9は安全性に課題があるといわれ、この課題を解決しようと各社が研究を続けています。

モダリスのゲノム編集技術CRISPR-GNDMは、特定の遺伝子の切断を前提としたCRISPR-Cas9に対して、リスクに直結する遺伝子切断を行わないことで安全性を担保しています。

3大ゲノム編集バイオテック企業のEditas Medicine(エディタス メディシン)社、Intellia Therapeutics(インテリア セラピューティクス)社、CRISPR Therapeutics(クリスパー セラピューティクス)社はCRISPR-Cas9を「進化」させていく方針を掲げていますが、モダリスのCRISPR-GNDMはCRISPR-Cas9を「変化」させた技術と言えます。

CRISPR-Cas9とCRISPR-GNDMの名前は非常に似ていますが、技術コンセプトは異なり、CRISPR-Cas9が遺伝子改変をコンセプトとするならば、CRISPR-GNDMは遺伝子操作をコンセプトにしています。

CRISPR-GNDMの具体的な技術は、まず、CRISPR-Cas9の目的とする遺伝子まで到達する技術を利用することでターゲット(操作をしたい遺伝子)まで到達します。

ここで注意すべきはCRISPR-GNDMのターゲットは疾患の原因となっているエラー遺伝子ではなく、エラー遺伝子を補完することが出来る遺伝子です。

例えば、モダリスはCRISPR-GNDMを用いて先天性筋ジストロフィー*の一種であるMDC1A(先天性筋ジストロフィー1A型)の治療薬を開発していますが、同疾患は筋肉細胞内に存在するLAMA2遺伝子が機能不全に陥っていることが原因と考えられています。

この場合、前述したCRISPR-Cas9のコンセプトでは機能不全になっているLAMA2遺伝子を切り離し、新たに正常なLAMA2遺伝子を同箇所に埋め込むことで治療を試みます。

それに対して、CRISPR-GNDMのコンセプトでは機能不全となったLAMA2遺伝子と類似する遺伝子を見つけ出し、LAMA2の役割をその遺伝子に代わりに担わせることで治療を試みます。

モダリスはその遺伝子を見つけることに成功し、その遺伝子はLAMA1であると公表しています。

人間の細胞はどの細胞であっても基本的には同じ遺伝子を持っているため、筋肉細胞にもLAMA1は存在します。

しかし、細胞ごとに使う遺伝子と使わない遺伝子が明確に棲み分けされており、人体によって筋肉細胞中のLAMA1は使わない遺伝子として区分されています。

そのため、LAMA1をLAMA2の補完として用いるためには、使わない遺伝子として区分されているLAMA1を、使う遺伝子として人体に認識させる必要があります。

使う遺伝子か使わない遺伝子かを区分する仕組みは、プロモーターと呼ばれる制御部分がメチル化されているか否かです。

人体ではメチル化されている遺伝子は使わない遺伝子とされ、メチル化されていない遺伝子は使う遺伝子とされます。

モダリスが遺伝子のスイッチと定義している概念はこれに当たります。

筋肉細胞内のLAMA1のプロモーターはメチル化されており、使わない遺伝子と区分されているため、このメチル化を解除することで使う遺伝子とすることが出来ます。

これにより筋肉細胞において機能不全となったLAMA2の代用としてLAMA1を使うことが可能となります。

要するにCRISPR-GNDMとは、特定遺伝子のプロモーターのメチル化を解除したり、メチル化を実行したりする技術であることが分かります。

CRISPR-GNDMの弱点はその特性上、代用可能な正常遺伝子が存在し、かつ、原因がシンプルな遺伝子疾患のみが対象であることです。

前述のLAMA2とLAMA1の関係においては、原因遺伝子と補完遺伝子が1:1の関係にあります。

例えばLAMA2以外の複数の遺伝子欠損がMDC1Aの原因であった場合、LAMA1のメチル化を解除したとしても十分な効果が得られるかは不透明です。

このように、遺伝子操作をコンセプトするCRISPR-GNDMを遺伝子治療に活用するためには、同技術に適切な遺伝子疾患の原因遺伝子を見つけ出し、その原因遺伝子が1つであることが条件となります。

なお、モダリスはCRISPR-GNDMによって治療効果を発揮できる遺伝子疾患を年に2つ程のペースで見つけられると表明しています。

 

3.その他の重要な経営活動

・CRISPR-Cas9の特許紛争

CRISPR-Cas9を語る上で重要な人物は3名おり、それらはフェン・チャン氏、ジェニファー・ダウドナ氏、エマニュエル・シャルパンティエ氏です。

米国ではその中でも特に、チャン氏とダウドナ氏がそれぞれ所属する、ブロード研究所(チャン氏)とカリフォルニア大学(ダウドナ氏)による特許紛争が、CRISPR-Cas9の一部または全部を利用した技術開発を進める企業に多大な影響を及ぼします。

エディタス社を通じてブロード研究所の特許を利用しているモダリスも例に漏れず、同特許紛争に巻き込まれている一社であることを認識すべきです。

米国では特許法改正以前は先発明主義(先に発明した者に権利を与えること)を採用していましたが、法改正により現在は先願主義(先に出願した者に権利を与えること)を採用しています。

そして、前記した2つの機関による複数の特許出願の時期が法改正前後に渡って行われているために紛争へと繋がってしまいました。

モダリス含むCRISPR-Cas9のライセンスを取得している米国企業の立場としては、ブロード研究所およびカリフォルニア大学の両方からライセンスを取得していることが好ましいですが、現状では両機関の両方にCRISPR-Cas9の特許権を与えられている状況のため、一方からのライセンス取得でも開発を行えます。

しかし、2019年8月26日、カリフォルニア大学のCRISPR-Cas9に関する4件の特許がインターフェアランス*の対象に追加されました。

このカリフォルニア大学のインターフェアランスが認められ、モダリスが取得しているブロード研究所のCRISPR-Cas9に関する特許が無効となった場合は、モダリスの研究開発に甚大な影響を与えることになります。

*インターフェアランス:先発明主義下において、近い時期に同じ発明が複数の者によってなされた場合に「どちらが先に発明をしたのか」を審理すること。

 

4.財務上の注意点

・特になし

モダリスの財務状況は非常に良好であり、研究偏重型の経営戦略においては財務を逼迫する要因は見当たりません。

 

6.財務諸表

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