1.現状
ステムリムは再生医療には欠かせない間葉系幹細胞*を、レダセムチドの投与によって体内から呼び起こすことで再生医療の実現を試みています。
ステムリムのレダセムチドが呼び起こす間葉系幹細胞は、表皮、毛包、骨、軟骨、脂肪、血管へと分化**することが既に確認されています。
そのため、レダセムチドは上記組織の再生を誘発することが可能であり、それら組織に対応する疾患の治療薬として開発が進められています。
具体的には表皮水疱症、(急性期)脳梗塞、心筋症、変形性膝関節症、慢性肝疾患の5つの疾患がレダセムチドによって臨床試験が行われています。
そして、表皮水疱症と脳梗塞の2つの適応症に対する開発の進捗が良く、表皮水疱症はその患者数の少なさから、ステムリムは既に得ているフェーズ2治験結果を以て承認申請を行う予定です。
また、現在行われている脳梗塞を適応とするフェーズ2治験(エンロール数:150人)も2021年9月末に終了を予定しており、2021年中の同治験結果の発表が期待されている状況です。
心筋症、変形性膝関節症、慢性肝疾患を適応とする開発は前述した2つのパイプラインの後に続くパイプラインであり、小規模(フェーズ2a)治験かつ結果が得られるのはだいぶ先のものです。
*幹細胞:幹細胞は組織や臓器になる前の細胞であり、傷ついた組織の修復や壊死した細胞の再生をする能力のある細胞。
**分化:細胞が組織や臓器に変化すること。
2.主要な開発パイプライン
・栄養障害型表皮水疱症【日本】
表皮水疱症は、表皮と真皮の間に存在し、表皮と真皮を接着させる役割を持つコラーゲンに異常があるために、日常生活でのちょっとした刺激や摩擦によって表皮が真皮から剥がれてしまう遺伝性の皮膚疾患です。
皮膚構造は外部に接する側から、表皮、真皮、皮下組織の3層から成り立っており、表皮と真皮の間には基底膜と呼ばれる接着剤の役割を持つコラーゲンが存在します。
表皮と真皮はこのコラーゲンによって強靭に接着されており、簡単に皮膚が破られない構造になっていますが、表皮水疱症においてはコラーゲンのタンパク遺伝子に異常があるため、本来の構造を保てず、ほんのわずかの刺激によって表皮が剥がれ、皮膚や粘膜のただれや水ぶくれを引き起こしてしまいます。
そのうち、表皮がコラーゲンから剥がれる病型を接合部型表皮水疱症、表皮がコラーゲンごと真皮から剥がれる病型を栄養障害型表皮水疱症と呼びます。
しかし、皮膚は体の中で最も再生能力が高いものの一つであり、表皮が剥がれてしまったとしても速やかに表皮を再生させます。
ステムリムはレダセムチドを用いて、皮膚が本来持つ再生力を高めることで、表皮水疱症患者の剥がれてしまった表皮の再生速度を高めようと試みています。
レダセムチドによる表皮再生の作用は、体内に存在する間葉系幹細胞を呼び起こし、本来よりも多くの間葉系幹細胞を損傷部位に集積することで、通常以上の表皮再生を実現させます。
なお、間葉系幹細胞は生体内で作られる幹細胞であり、骨髄、脂肪、臍帯(へその緒)、滑膜(関節の周囲にある組織)などに含まれ、レダセムチドによって呼び起こされる外胚葉性間葉系幹細胞は表皮、軟骨、血管、神経、脂肪などへ分化する能力を有しています。
さらに、間葉系幹細胞は体の中に存在する幹細胞であるため、受精卵から人になる経過中の胚を使用するES細胞(胚性幹細胞)に比べて医療に用いる倫理上のハードルが低いというメリットがあります。
加えて、iPS細胞(人工多能性幹細胞)に比べて癌化リスクが低いため、安全性が高いというメリットもあります。
しかしながら、間葉系幹細胞は骨髄の細胞の中に1万~10万個に1個の割合しか存在せず、加齢と共に減少します。
間葉系幹細胞は5つの能力(細胞遊⾛能⼒・免疫調整能⼒・成長因子供給能⼒・線維化調節能⼒・組織再⽣能⼒)を有しており、表皮水疱症においては組織再生能力が大きく関わっています。
一般的な間葉系幹細胞を用いた再生医療では、間葉系幹細胞の体外培養によって3つの能力(細胞遊⾛能⼒・線維化調節能⼒・組織再⽣能⼒)が失われますが、ステムリムのレダセムチドは体内の間葉系幹細胞を呼び起こす作用であり、体内において治療が完結します。
そのため、レダセムチドによって呼び起こされた間葉系幹細胞は本来持つ細胞遊⾛能⼒、線維化調節能⼒、組織再生能力が備わっており、損傷部位に通常以上の間葉系幹細胞を集積することが表皮再生の加速に繋がっています。
ステムリムはレダセムチドの治療効果および安全性を測るための栄養障害型表皮水疱症を適応とするフェーズ2治験(エンロール数:9人)を既に完了させており、主要評価項目(全身皮膚の水疱、びらん、潰瘍の合計面積の治療前値からの変化率)で統計学的に有意な改善を確認しています。
また、本来の治療薬開発であればフェーズ3治験を実施する必要がありますが、栄養障害型表皮水疱症は希少難治性疾患であり、患者数が少ないため、ステムリムは同フェーズ2治験結果を踏まえて承認申請を行う予定です。
・急性期脳梗塞【日本】
脳は多くの栄養と酸素を必要とする器官であり、それらは動脈を流れる血液によって運ばれますが、この動脈が詰まったり破れたりすることによって脳への血流量が減ると、脳の神経細胞に障害が起き、半身麻痺や言語障害といった症状が生じます。
この様な血流量減少による脳の神経障害を脳卒中と呼び、脳の血管の詰まりである場合は脳梗塞、脳の血管の破れである場合は脳出血と呼ばれます。
そして、ステムリムはレダセムチドを用いて、脳卒中の内、脳梗塞に対しての治療薬の開発を進めています(現在エンロール数150人のフェーズ2治験実施中)。
また、脳梗塞は急性期(発症から2週間)、回復期(発症2週間後から3~6ヶ月)、慢性期(回復期以降)の3つのステージに分かれ、それぞれ治療法が異なりますが、ステムリムのレダセムチドは急性期脳梗塞患者を対象にしています。
急性期脳梗塞の治療法は血栓除去と脳神経細胞保護から成り立っており、特に血管の詰まりの原因である血栓の除去は重要です。
血栓除去は脳梗塞発症後4.5時間以内であれば血栓溶解療法(血栓を溶かす薬を点滴によって投与する治療法)、4.5時間から24時間以内**であれば血管内治療(血管内にカテーテルを挿入し、血栓を取り出す治療法)によって血栓を除去します。
しかし、血栓を除去したとしても、いくつかの脳神経細胞はダメージを負ったり壊死してしまいます。
さらに、壊死した脳神経細胞の周辺では有害物質(フリーラジカル)が発生し、その有害物質はダメージを負っているものの回復可能な脳神経細胞を傷つけ壊死させてしまいます。
そのため、有害物質から脳神経細胞を保護することが求められています。
その他、脳梗塞が起きた部位周辺ではむくみが発生し、その圧迫により脳神経細胞が損傷を受けることがあるため、脳のむくみや腫れを改善し、脳神経細胞を保護する必要があります。
ステムリムのレダセムチドによる脳梗塞の治療は脳神経細胞保護に主眼が置かれ、ダメージを負った脳神経細胞への栄養供給(成長因子供給能⼒)や、血管内治療によってダメージを負った血管組織に対する栄養供給または組織再生が期待される作用と考えられます。
現在の一般的な脳神経細胞保護はエダラボンと呼ばれる低分子化合物医薬品によって行われていますが、レダセムチドはそれに取って代わる可能性を秘めています。
加えて、多数のバイオテック企業が間葉系幹細胞を用いて、脳梗塞によって壊死した脳神経細胞の再生に試みておりましたが、骨髄採取によって得られる間葉系幹細胞が中胚葉由来であるため、神経細胞に分化する性質を持っていないことから、脳神経細胞の再生の実現には至っていません。
しかし、ステムリムのレダセムチドによって呼び起こされる外胚葉由来の間葉系幹細胞は神経細胞に分化する性質を有しており、かつ、体内完結型の治療法のため組織再生能力も有しているため、理論的には壊死した脳神経細胞の再生は可能です。
前述した脳神経細胞への栄養供給や、血管組織への栄養供給または組織再生に加え、レダセムチドには壊死した脳神経細胞の組織再生も期待されています。
懸念点としては、再生能力がそもそも高い皮膚の上皮細胞とは異なり、長年の間、再生能力が備わっていない脳神経細胞の再生は不可能と考えられて来ました。
それを覆す程の間葉系幹細胞をレダセムチドが呼び起こせるかどうか、さらに、外胚葉性間葉系幹細胞がそもそも本当に神経細胞への分化を行えるかどうかが未知の部分です。
間葉系幹細胞が持つ5つの能力(細胞遊⾛能⼒・免疫調整能⼒・成長因子供給能⼒・線維化調節能⼒・組織再⽣能⼒)をレダセムチドがどの程度強化出来るかを見極め、今後のステムリムの成長曲線を評価するためにも、急性期脳梗塞治療薬の開発は非常に重要なパイプラインです。
*脳卒中:脳梗塞や脳出血の他に、くも膜下出血、一過性脳虚血発作も含まれる。
**(血管内治療)24時間以内:従来、血管内治療は脳梗塞発症から8時間以内とされていたが、Stryker社のTrevoリトリーバーが承認を受け、同治療の期限が24時間以内と延長された。
3.その他の重要な経営活動
・次世代再生誘導医薬品の開発
骨髄から間葉系幹細胞を呼び起こすレダセムチドですが、再生能力の高くない臓器を治療するために十分な数の間葉系幹細胞を呼び起こし、かつ、十分な数の間葉系幹細胞を治療部位へ集積出来るかは不明です。
そのため、レダセムチドよりも強力な再生誘導医薬品の開発はリスク管理の意味でも行う必要があります。
そして、ステムリムはPJ2パイプライン、および、PJ3パイプラインとして既に次世代再生誘導医薬品の開発を進めています。
PJ2はレダセムチドと同様に間葉系幹細胞を呼び起こす作用を持つペプチドの集合体プロジェクトを指し、現在10種類以上の候補ペプチドを同定し、3種類で非臨床治験を実施しています。
レダセムチドと同様の作用を持つPJ2では、レダセムチドとの親和性が低い疾患を適応としていく予定です。
PJ3はレダセムチドやPJ2とは異なり、間葉系幹細胞を治療部位へ集積する作用を持ちますが、PJ3単体投与での治療効果は期待出来ません。
PJ3はレダセムチドやPJ2との併用投与を前提とした医薬品であり、それらの治療効果を高めることが役割となります。
4.財務上の注意点
・特になし
ステムリムは2019年8月に東京証券取引所マザーズ市場したばかりであり、上場に伴って得られた約80億円もの資金が上乗せされ、2020年7月末時点で107億円もの潤沢な現金及び預金を保有しています。
ステムリムの開発戦略上、目安としてフェーズ1完了後は大手製薬会社への導出を前提としているため、開発費の上限は高くありません。
よって、100億円以上もの潤沢な資金を保有しているステムリムの財務状況は極めて良好と言えます。
5.財務諸表
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