窪田製薬(2021年3月号|ガイドブック)


1.現状

窪田製薬ホールディングス(以下、「窪田製薬」と言う)は眼科領域における創薬系バイオテック企業と医療用デバイスメーカーの両方の顔を持ちます。

創薬の分野では低分子化合物エミクススタト塩酸塩による2つの網膜疾患(スターガルト病と増殖糖尿病網膜症)を適応とする治療薬の開発が進められており、最も開発が先行しているスターガルト病を適応とするフェーズ3治験の結果は2022年度中に得られる見込みです。

増殖糖尿病網膜症治療薬の開発は資金的理由により、共同開発などの提携先が決まるまでは停滞する見込みです。

増殖糖尿病網膜症治療薬の開発はフェーズ2aまで完了していますが、バイオマーカー試験であることや、VEGF(網膜症の発症や悪化に関連するバイオマーカー)濃度に軽度の改善が見られたのみのため、同データを以てして提携先を発掘することは難しい状況です。

医療用デバイスの分野では遠隔計測を前提とする小型網膜計測機器や近視抑制機器(クボタメガネ)の開発が進められています。

小型網膜計測機器では一般患者向けとNASA宇宙飛行士向けの双方で開発を行っています。

NASA宇宙飛行士向け用途の開発では同開発に対する予算の承認が前提ですが、Covid-19(新型コロナウイルス感染症)の影響を受けて承認までの時間が長期化しています。

2つの分野において積極的に研究開発を行っている窪田製薬ですが、事業資金(現金及び現金同等物+その他の金融資産)が2020年12月末時点で約60億円となり、同社は年間約30億円の負の営業活動によるキャッシュ・フローを計上しているため、新規株式発行による大規模な資金調達の可能性が高まっている状態です。

眼科領域の恒常的なリスクとしては再生医療*およびゲノム編集**技術を用いた治療法の存在が上げられます。

眼科領域では他の領域に対して相対的な癌化リスクが極めて低いため、再生医療やゲノム編集を始めとする遺伝子***治療が真っ先に行われます。

窪田製薬の開発対象であるスターガルト病と増殖糖尿病網膜症の2つの網膜疾患はそれぞれ遺伝性疾患と細胞脱落が原因であるため、上記2つの先進医療による影響が大きな疾患です。

<補足>

窪田製薬はもともとアキュセラ(米国籍)の名で東京証券取引所マザーズ市場に上場していましたが、三角合併によりアンジェスを子会社とする持株会社窪田製薬ホールディングスを同市場へと上場させて経緯があります。

アキュセラから窪田製薬への移行期間において、当時アキュセラが開発を進めていたドライ型加齢黄斑変性を対象とするフェーズ2b/3治験における失敗(主要評価項目の未達)や、同治験結果の発表内容に関するインサイダー取引疑惑などが生じました。

そのため、市場内外で同移行をアキュセラ時代の負の遺産の精算と捉える声も上がりましたが、単なる偶然というのが同社の主張です。

*再生医療:機能障害や機能不全に陥った組織や臓器の機能の再生を目的とする医療。体外で培養・加工した細胞を体内に投与する方法が一般的である。

**ゲノム:DNAの全ての遺伝情報のこと。

***遺伝子:親の生物学的な特徴が子供に伝わることを遺伝といい、それを伝えるDNAの特定の部分が遺伝子である。

 

2.主要な開発パイプライン

・スターガルト病【アメリカ】

窪田製薬は自社で生み出したエミクススタト塩酸塩によるスターガルト病を適応とする治療薬の開発をアメリカで行っています(現在フェーズ3治験進行中)。

スターガルト病は眼科領域における遺伝子疾患であり、徐々に視力が低下する進行性の視力障害疾患です。

同疾患では網膜の新陳代謝を司る遺伝子ABCA4の異常によって、網膜に溜まった有害物質を代謝出来ずにいることが原因と考えられています。

そして、溜まった有害物質は徐々に網膜を損傷させ、視力低下または失明へと繋がります。

窪田製薬のエミクススタト塩酸塩による同疾患への作用機序は有害物質発生を抑制することにあります。

網膜は目の外から入ってくる光を、脳が認識出来るようにと電気信号へ変換する働きを担っています。

その「光から電気信号へ」変換が行われる際に、網膜内細胞に有害物質が発生します。

エミクススタト塩酸塩は網膜の「光から電気信号へ」変換する働きを抑制し、生成される有害物質の量を減少させることで網膜へのダメージ(損傷)を減らします。

「光から電気信号へ」変換する働きを視覚サイクルと呼びますが、視覚サイクルの活性にはRPE65酵素*が必要不可欠であると窪田製薬は主張しています。

エミクススタト塩酸塩にはRPE65酵素の発現抑制効果が認められており、そのため、同薬剤によって視覚サイクルを抑制出来ると窪田製薬は考えています。

エミクススタト塩酸塩のRPE65酵素の発現抑制効果については過去に行ったドライ型加齢黄斑変性を対象とするフェーズ2b/3治験(エンロール数:508人、投与期間:24ヶ月)によって実証されているため、RPE65酵素が実際に視覚サイクルに大きく関わっている場合には薬効の期待は大きくなります。

しかし、ドライ型加齢黄斑変性治療薬の開発でも有害物質の発生抑制による網膜細胞の保護を目的としており、エミクススタト塩酸塩の同疾患に対する有効性が認められなかったことはスターガルト病の開発に対してもネガティブに捉えられます。

そのため、スターガルト病の治療薬開発において焦点となるのは、網膜ダメージの原因が視覚サイクルによって発現した有害物質によるものかどうかであり、仮に視覚サイクルによる有害物質が同疾患に対して大きく関与していない場合は同治療薬の有効性に疑問が生じます。

同開発が進められているアメリカでのスターガルト病患者数は3万人〜4万人と推定されています。

患者数は非常に少ないものの、継続的な治療が必須な疾患であることから、アメリカにおいて年間20~30億円の売上高を見込めます。

売上高はアメリカでジェネリック医薬品として販売されている非ステロイド性抗炎症薬Bromfenac(2.5ml)の販売価格約60ドルを参考に、原価率50%、一ヶ月の投与量5.0mlとし、エミクススタト塩酸塩の薬価が同医薬品の薬価と同等と仮定して算出しました。

*RPE65酵素:視細胞における光感受性物質を生成するために働く酵素のひとつ。

 

3.その他の重要な経営活動

・クボタメガネ【アメリカ】

近視抑制機器であるクボタメガネの開発は治療薬を含む全てのパイプラインの中で最も早く製品化へと進む可能性が高いです。

医療用デバイスの開発は治療薬の開発の様に3段階の臨床試験を行う必要はなく、基本的に小規模と大規模の2段階の臨床試験を経て承認申請へと移ります。

窪田製薬は2021年内に東アジア(日本、中国、韓国など)でのクボタメガネの商業化を目指しており、ターゲットとしては軽度近視が多い若年層を狙っています。

クボタメガネによる近視抑制のメカニズムは眼軸長(角膜頂点から網膜までの長さ)を短縮することにあります。

人間の眼球は年齢とともに成長し、15歳頃までに眼軸長が24mmまで成長します(0歳児の眼軸長は17mm)。

15歳の子供を例に挙げると、眼軸長が通常の24mmであればモノをはっきり見ることが出来ます。

しかし、眼軸長が1mm伸びるごとに近視度が-3Dずつ進行するため、仮に眼軸長が25mmの場合は近視度が-3Dとなり、目元から33cmまでしかはっきりとモノを見ることが出来ません。

成長以外の理由で眼軸長が伸びる理由の一つに調節ラグが考えられており、調節ラグは継続的に近くを見ることで、その近くの地点をニュートラルな焦点の位置にしようとする眼球の働きのことです。

クボタメガネはこの調節ラグに相反する人工的な光刺激を眼球へ与えることで眼軸長を短くする作用を狙っています。

さらにその方法も現実的であり、日常生活においてクボタメガネを毎日1時間掛けるだけです。

クボタメガネを掛けている最中でも普段と変わらない生活を送ることが可能なため、患者に負担の少ない医療機器だと言えます。

 

4.財務上の注意点

・その他の金融資産

これまでに問題に上がったことはないと断った上で、窪田製薬はコマーシャル・ペーパー、アメリカ国債、社債と幅広い債券といった債券を活発に運用しています。

無担保債券であるコマーシャル・ペーパーは償還までの期間が短いことが特徴であり、窪田製薬はコマーシャル・ペーパーを優先して事業資金用に現金化しています。

流動性が高く、ボラティリティの低いアメリカ国債は上記3つの債券の中で最後に現金化されることでしょう。

社債はコマーシャル・ペーパーの次に事業資金用に現金化される傾向があります。

上場バイオテック企業において、現金(および現金同等物)と同規模の債券を保有することは一般的ではないため、財務活動上の一つの強みと捉えつつもリスクとして注視すべき点です。

 

5.財務諸表

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