アンジェス(2021年2月号|ガイドブック)


1.現状

多額の資金調達を実現したバイオベンチャーによく見られる様に、アンジェスは直近5年間、研究開発のために手元資金を湯水の如く活用しています。

バイオテック企業は研究開発に積極的に資金を投下し、進捗を進めて行くことが生業のため、アンジェスの事業環境は非常に良好であると判断されます。

上記は多額の研究開発費を新規株式売却によって調達出来ている事実によっても補完され、資金調達と研究開発の好循環はバイオテック企業にとって正に理想的な状態と言えます。

財務活動では申し分の無いアンジェスの主要な研究開発は、HGF(Hepatocyte Growth Factor(肝細胞増殖因子))遺伝子*治療用製品、NF-κBデコイオリゴ、そして2020年に非常に注目されたDNAワクチンの3種類にまとめられ、特にCovid-19(新型コロナウイルス感染症)に対するDNAワクチンの開発に総力を結集しています。

順風満帆に見えるアンジェスですが、懸念点としては上記製品によって得られる将来キャッシュフローが研究開発費に対して非常に低いと予想されることです。

アンジェスが「当社グループの事業のステージは、現時点では創薬における先行投資の段階にある」と明言するように、今後も多額の資金が研究開発費へと充てられ、かつ、現製品による将来キャッシュフローが非常に小さいと見込まれる状況下では、現製品に関する一つのネガティブな結果が事業環境を大きく変え得ります。

一般的な創薬ベンチャー企業であれば前述したバイオテック企業特有のリスクを受け入れる必要がありますが、アンジェスは更に一歩先へ進んでおり、ゲノム**編集技術を持つEmendo Biotherapeutics(エメンド バイオセラピューティクス)社を手中に収めることで、コア事業である創薬事業以外への道も進める状況を作り上げました。

*遺伝子:親の生物学的な特徴が子供に伝わることを遺伝といい、それを伝えるDNAの特定の部分が遺伝子である。

**ゲノム:DNAの全ての遺伝情報のこと。

 

2.主要な開発パイプライン

・HGF遺伝子治療用製品による慢性動脈閉塞症治療薬の開発【日本・アメリカ・イスラエル・トルコ】

両手両足のいずれかまたは全てに虚血(臓器に十分な血液が行き届かないこと)を引き起こすことを慢性動脈閉塞症と言い、アンジェスが開発上定義する慢性動脈閉塞症はバージャー病(閉塞性血栓血管炎)と閉塞性動脈硬化症に区分されます。

この2つの症状は非常に似ているものの、バージャー病が血管の炎症によって虚血を引き起こすのに対し、閉塞性動脈硬化症は血管内にコレステロールやカルシウムが溜って血管が厚くなることで虚血を引き起こします。

そして、閉塞性動脈硬化症の中でも神経障害や感染などの切断リスクを持ち、治療が必要な下肢の総称をCLTI(包括的高度慢性下肢虚血)と言い、重度のCLTIをCLI(重症下肢虚血)と言います。

CLTIには糖尿病起因の病態もあり、それをDFU(糖尿病足病性潰瘍)と言います。

アンジェスはHGF遺伝子治療用製品による重度または潰瘍のあるバージャー病およびCLIを適応とする治療薬として日本で5年間の条件及び期限付き承認を得ており、少額ながらも売上を上げています。

さらに、イスラエルおよびトルコにおいても日本国内で得られた治験データを基に導出先(イスラエル:Kamada社、トルコ:Er-Kim社)を通してHGF遺伝子治療用製品のCLIを適応とする承認申請を行っています。

加えて、アンジェスは日本において慢性動脈閉塞症の安静時疼痛を適応とするフェーズ3治験(エンロール数:約40人)を実施しています。

安静時疼痛はFontaine分類*によって4段階に区分される内の3段階目に進行が進んだ状態であり、4段階目(潰瘍、壊死期)の一つ前の段階です。

なお、一般的にFontaine分類の3段階目と4段階目をCLIと呼びます。

この段階では安静時においても血液供給が不足することで疼痛が起こります。

そして、もう一方の進行中の治験である米国でのフェーズ2治験(エンロール数:60人)ではCLTIを適応としています。

同治験ではCLTIの中でも比較的軽度な患者を対象としており、2016年に500人規模のCLIを適応とする国際共同治験フェーズ3において必要な登録患者数が見込めないことを主な理由とする中止の経験が活かされた格好です。

日本では重度のCLTIを対象に、そして米国では軽度のCLTIを対象にしてHGF遺伝子治療用製品の開発を進めているため、CLTIに対する包括的な治験データが得られると期待出来ます。

慢性動脈閉塞症治療薬の開発に関する懸念点は、日本国内におけるCLIを適応とする5年間の条件及び期限付き承認を得ていることです。

同承認を得ることで製品を日本国内で販売していますが、承認を得てしまっているが故のジレンマがあります。

条件付き承認を得た医薬品はPMS(市販後調査)と呼ばれる治験と同じような分析が求められます。

その際、医薬品の投与群と非投与群に区分され(本PMSでは投与群:120人、非投与群:80人)、統計学的解析が行われます。

そして、課題となっている点は非投与群に当たる80人のデータを集められるかどうかであり、2019年2月に行われた薬事・食品衛生審議会でも議論され、アンジェスとしても課題解決に向けて話し合いを進めています。

また、HGF遺伝子治療用製品の効果に対しても懸念点があります。
同薬事・食品衛生審議会の議題である条件付き販売承認の可否に対する参考人として参加した善甫宣哉氏は「動脈硬化症の方は腸骨、大腿・下腿動脈という、かなり広範囲の虚血に陥っているものですから、このHGFの血管新生のパワーが若干弱い」と申しています。

懸念点を解消し、同製品が日本において正式に承認された場合、日本での累計売上規模の最大値は246億円+α(将来の見込み閉塞性動脈硬化症患者数による)、現開発内容での最大値は42〜54億円+αです。

2017年時点で日本国内には約40万人の閉塞性動脈硬化症患者が存在し、内CIO患者数は15〜20%の6〜8万人と推定されています。

また、バージャー病患者数は日本国内に約1万人と推定されており、前述した閉塞性動脈硬化症患者数にバージャー病患者数を加えた推定値を基に、HGF遺伝子治療用製品であるコラテジェンの販売価格60万円(1バイラルあたり)を乗ずることで上記売上規模は算出されています。

*Fontaine分類:下肢虚血の進展に応じた病態の重症度を分類する。4段階に分けられ、1段階目は冷感やしびれ感、2段階目は間欠性跛行(歩行によって足の痺れや痛みが発生し歩行困難にあるが、小休止を挟むことで歩行がまた可能になる症状 )、3段階目は安静時疼痛、4段階目は潰瘍や壊死を伴う。

 

・新型コロナウイルス感染症(Covid-19)に対するワクチンの開発【日本・中国】

ワクチンにはタンパク質系ワクチンと遺伝子系ワクチンの2種類に区分され、世界に流通しているワクチンの大部分はタンパク質系ワクチンに該当します。

ワクチン開発は病原体の流行度合いに左右されるため積極的に開発を進めるバイオテック企業は限られており、それ故に技術革新が停滞していた状況でした。

しかし、昨今の世界規模におけるCovid-19の流行によって急速に技術革新が進みました。

そこで注目を浴びている次世代型ワクチンが遺伝子系ワクチンです。

遺伝子系ワクチンにはウイルスベクター型(アストラゼネカ社など)、DNA*型(アンジェスなど)、そしてRNA**型(ファイザー社、モデルナ社など)の3種類が存在します。

そして遺伝子系ワクチンの中でもDNA型とRNA型は核酸***ワクチンと呼ばれ、同ワクチンの基本的な作用は、人間自身の細胞を利用することで敢えて抗原となるタンパク質を体内に生み出すことです。

この点が抗原を直接投与するタンパク質系ワクチンとの大きな違いです。

細胞が体内にタンパク質を生成する流れは、細胞核のDNAの遺伝情報をコピーしたRNAが細胞質に移動し、タンパク質の合成工場であるリボソームまで遺伝情報を伝達することで生成されます。

DNA型ワクチンは、Covid-19のスパイクタンパク質を生成する遺伝情報を持ったDNAを投与し、既に細胞内に存在するRNAがそのDNAの遺伝情報をコピーし、リボソームに伝達することで同タンパク質を生成させます。

RNA型ワクチンは、Covid-19のスパイクタンパク質を生成する遺伝情報を人工的に持たせたRNAを投与することで、リボソームに抗原となる同スパイクタンパク質を生成させます。

DNA型ワクチンに比べてRNA型ワクチンの方がCovid-19スパイクタンパク質生成までのステップが少ないためより優れている印象を受けますが、完成後のワクチンの製造から投与までの流通や供給量などのサプライチェーンを考えると、それぞれ良い面も悪い面もあります。

一般的な認識として、RNA型ワクチンは細胞侵入の不確実性が、DNA型ワクチンでは免疫原性****の低さが課題として挙げられています。

現在アンジェスが開発を進めるCovid-19を適応とするDNAワクチンは、日本においてフェーズ2b治験(エンロール数:500人)、アメリカにおいてフェーズ1/2a(エンロール数:合計60人)が進行中です。

なお、アンジェスホームページ上では日本での治験がフェーズ2/3と、アメリカでの治験がフェーズ1と表記されているため、本ブログでは前記を一般表記化しています。

アンジェスが開発をしている核酸ワクチンでは、既にファイザー(およびビオンテック)とモデルナがRNAワクチンの開発を成功させ投与が開始されています。

日本政府は両者から8,500万人分のワクチンの確保をし、さらにCOVID-19ウイルスベクターワクチンをアストラゼネカから6,000万人分確保しています。

アンジェスのDNAワクチン開発は非常に順調に進んだとしても2022年以降の承認となること、開発の主要地域を日本としていること、さらに核酸ワクチンとして作用機序や投与法がファイザーおよびモデルナのワクチンと類似していることを考えると、同ワクチンは承認を得たとしても販売に非常に苦戦することが予想されます。

アムジェンの販売戦略の活路は、独自にワクチン開発を続けているものの詳細な情報が公になっていない中国やロシアへの供給にあるかもしれません。

または、貧困地域が多い中東やアフリカ諸国への供給です。

故に、HGF遺伝子治療用製品の導出によって関係性を強めるイスラエルのKamada社やトルコのEr-Kim社が、同ワクチン開発・販売にも大きく関わってくる可能性があります。

*DNA:細胞核内に存在し、遺伝情報を格納している。

**RNA:細胞核内や細胞質内に存在し、遺伝情報の伝達やたんぱく質の合成などに働く。

***核酸:DNAとRNAの総称。

****免疫原性:ワクチンを投与した際に、抗体の産生をもたらす性質のこと。

 

3.その他の重要な経営活動

・Emendo Biotherapeutics(エメンド バイオセラピューティクス)社

エメンドのゲノム編集技術はCRISPR-Cas9(クリスパーキャスナイン)と呼ばれる技術を基にしています。

CRISPR-Cas9は第3世代のゲノム編集技術であり、第1世代のZNF(ジンクフィンガーヌクレアーゼ)、第2世代のTALEN(ターレン)での課題だったゲノム編集の正確性・効率性と技術的費用の両面で大きく進展を遂げました。

また、ジェニファー・ダウドナ氏とエマニュエル・シャルパンティエ氏は同技術を開発したことで2020年ノーベル化学賞を受賞しています。

CRISPR-Cas9が生み出されたことでゲノム編集技術は大きく前進しましたが、ゲノム編集を行った分子を体内に直接投与することで治療を行う、所謂In vivo(インビボ)遺伝子治療の実現には課題が山積みです。

治療薬の開発では安全性が最も重要視されており、同技術の課題もそれに該当します。

CRISPR-Cas9ではゲノム配列のターゲットとするポイントでの切断を非常に高確率で行えますが成功率は100%ではなく、さらに誤ったポイントでの切断を実行してしまいます(オフターゲット効果)。

このオフターゲット効果の理由によりCRISPR-Cas9は安全性に課題があるといわれ、この課題を解決しようと各社が研究を続けています。

エメンドもその企業の一社であり、具体的には確実に狙ったターゲットでなければ切断しないというアプローチによりオフターゲット効果の回避を狙うことでCRISPR-Cas9の安全性を担保しようと試みています。

同アプローチはCRISPR-Cas9の強みであるゲノム編集の効率性の観点で逆行する取組みですが、安全性を担保するために必要なことだと考えられています。

オフターゲット効果の回避に対するリーディングカンパニーがEditas Medicine(エディタス メディシン)社です。

Intellia Therapeutics(インテリア セラピューティクス)社とCRISPR Therapeutics(クリスパー セラピューティクス)社を含む3大ゲノム編集バイオテック企業の一つですが、同2社が体外で編集したゲノム編集分子を人体へ投与するEx Vivo(エクスビボ)遺伝子治療により力を割いているのに対し、エディタスはIn Vivo遺伝子治療に力を割いています。

そのため、ゲノム編集技術の安全性を高めるためにオフターゲット効果の回避を狙う必要があります。

Ex Vivo遺伝子治療に関してはインテリアやクリスパーの方がエディタスやエメンドに対して先行していますが、より難易度の高いIn Vivo遺伝子治療薬の開発では安全性の側面よりエディタスやエメンドが開発を先行し注目を浴びる可能性があります。

また、エメンドは同技術を用いてゲノム編集の請負いを行うことことも可能です。

現時点ではエメンドは創薬事業が事業の中心ですが、安定した売上を確保するために同技術によるゲノム編集を他社向けに行うことが考えられます。

 

4.財務上の注意点

・現金資産とキャッシュフロー

アンジェスの2019年12月31日時点での現金及び預金は約100億円であり、過去3年間で約80億円の営業キャッシュ・アウトフローを計上している同社にとっては常に資金調達を考慮する状況に立たされています。

バイオテック企業はその特性上、資金調達は新規株式発行によって行われることが主流です。

資金調達のそれ自体は問題ではなく、投資家として気にすべき点はそれが特定の機関投資家向けに発行されるものか、それとも公募増資による不特定多数の投資家向けに発行されるものなのかどうかです。

機関投資家向けに新規株式が発行される場合はポジティブに捉えることが一般的です。

また、公募増資であってもバイオテック企業であればネガティブに捉える必要はありませんが、短期的に流動株が増えることを嫌う投資家もいるため注意が必要です。

 

5.財務諸表

年度2019年12月期2018年12月期2017年12月期
損益計算書【連結】
 売上高326610365
 営業利益-3,270-3,065-3,288
 経常利益-3,293-3,096-3,307
 当期利益-3750-2,996-3,764
貸借対照表【連結】
 総資産12,5248,0503,963
 自己資本11,9637,6803,371
 資本金13,2919,3955,658
 有利子負債000
キャッシュ・フロー計算書【連結】
 営業活動によるキャッシュ・フロー-2,179-2,522-2,991
 投資活動によるキャッシュ・フロー-1,249-122227
 財務活動によるキャッシュ・フロー7,6767,2832,916
 キャッシュ・フロー合計4,2484,639152
経営指標【連結】
 自己資本比率95.5%95.4%85.1%
 ROA(総資産利益率)-36.5%-49.9%-88.5%
 ROE(自己資本利益率)-38.2%-54.2%-104.1%
 総資産経常利益率-32.0%-51.5%-77.8%
単位:百万円(%箇所を除く)

 

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