1.現状
ジーエヌアイグループ(以下、「GNI」と表記)は東証マザーズに上場していることからバイオテック企業*と思われることが多いですが、その実態は製薬企業に近いです。
バイオテック企業に欠けている安定的な売上高と営業キャッシュインフローの両方を備えているGNIは、バイオテック企業から製薬企業へと成長するための理想の成長曲線を描いていると言えます。
また、前述した強みはGNI自身で開発を成功させたIPF(特発性肺線維症)治療薬アイスーリュイによる売上と、2017年に子会社化したアメリカのBAB社(Berkeley Advanced Biomaterials(バークリー アドバンスド バイオマテリアルズ))による医療製品の売上によって形成されています。
GNIは当面この2本の柱を収益構造の基盤としながら、3つの医薬品化合物【アイスーリュイ、F351、タミバロテン】による3つの適応症【CTD-ILD(結合組織病関連間質性肺疾患)、 肝線維症、APL(急性前骨髄球性白血病)】に対する治験を積極的に進めていくことになります。
GNIは前述した3つの適応症以外にも、アイスーリュイによるRP(放射線性肺炎)、DN(糖尿病性腎症)、PD(じん肺症)や、F573による急性・慢性肝不全に対しての開発も行っていますが、その開発状況は比較的初期段階であるため、開発の優先度は低いと言えます。
その他の重要な経営活動として、GNIは子会社であるCPI社(Continent Pharmaceuticals. Inc.(コンチネント ファーマシティカルズ インク))の香港証券取引所での上場を計画しています。
しかし、2019年4月に上場申請を行ったこの計画は難航しています。
*バイオテック企業:売上高に比べて研究開発費が非常に大きく、恒常的な営業損失を計上している創薬企業、または、バイオベンチャー企業のこと。
2.基盤事業
・IPF(特発性肺線維症)治療薬アイスーリュイ
間質性肺炎は主に肺胞隔壁が炎症する疾患の総称であり、その中でも原因が特定できない疾患を特発性間質性肺炎と言います。
特発性間質性肺炎はさらに7種類の疾患(IPF、NSIP、COP、AIP、DIP、LIP、RB-ILD)に分類され、その中で最も頻度が高い疾患がIPFです。
そして、IPF治療薬アイスーリュイはピルフェニドンという低分子化合物の商品名です。
ピルフェニドンは1970年代にアメリカで抗炎症剤として既に販売されていたこともあり、その物質特許は失効しています。
そのため、ピルフェニドンを用いた研究開発は自由に行うことが可能であり、同化合物を用いたIPF治療薬の開発は様々な国で行われました。
日本では塩野義製薬社が、アメリカではインターミューン社(ロシュによって買収)、そして中国ではGNIが、ピルフェニドンを用いたIPF治療に関する用途特許を保有し、同化合物をIPF治療薬として販売しています。
中国のIPF治療薬市場を独占してきたGNIですが、ベーリンガーインゲルハイム社のIPF治療薬オフェブが2017年に中国において承認を得たことで、アイスーリュイの副作用を嫌う患者がオフェブの投与に切り替えを希望することにより、中国市場でのアイスーリュイの独占的立場が危うくなって行くと予想されます。
オフェブはIPF治療薬として世界一の売上高を誇り、2019年には約2,000億円もの売上実績を誇ります。
中国内ではIPF治療薬のパイオニアとしてアイスーリュイは保険適応の認可を得ています。
治療効果が優れているオフェブに対してアイスーリュイは価格競争力で挑む形となりますが、IPFの平均生存期間が診断後2~3年と非常に短いことを考えると、オフェブの方が患者への訴求力が高いのではないでしょうか。
・BAB(バークリー アドバンスド バイオマテリアルズ)社
GNIが医療機器事業としてセグメントを定義しているアメリカのBABの事業ですが、その実態は外科手術で用いる人工骨の販売です。
主力製品であるBi-OsteticやCem-Osteticなどは骨移植材として、DBMは骨補填材として用いられます。
したがって、BABの事業は外科手術の件数に左右されます。
アメリカではCovid-19(新型コロナウイルス)パンデミックの影響により、人の動きやスポーツ・アクティビティの開催の制限、さらには外科手術そのものの保留が発生しています。
これら理由により、アメリカでは外科手術の件数が軒並み低下しており、それがBABの事業に大きな負の影響を与えています。
3.開発パイプライン
・CTD-ILD(結合組織病関連間質性肺疾患)治療薬の開発【中国】
IPF治療薬として既に承認を得ているアイスーリュイを用いて、GNIはCTD-ILDに対するフェーズ3治験を中国国内で実施中です。
CTD-ILDはCTD(結合組織病)のILD(間質性肺疾患)を意味しています。
人体の構造を弾力性を持って支える働きを持つ結合組織ですが、結合組織が脆弱することによって様々な病気が引き起こされ、それら病気を総称してCTDと言います。
GNIのCTD-ILDに対するフェーズ3治験では全身性硬化症(強皮症)と皮膚筋炎の2種類のCTDを対象にしており、同CTD患者が抱える間質性肺疾患に対するアイスーリュイの治療効果を検証しています。
同治験では全身性硬化症患者が144名、皮膚筋炎患者が152名の計296名がエンロール数(登録患者数)として予定されており、2020年9月末時点で、それぞれ12名と33名が既に登録されています。
データ取得のため患者1名あたり52週間を要することからも、同治験の主要評価項目の結果が得られる時期は2024年〜2025年を見込んでいます。
その最中、先を行くのがベーリンガーインゲルハイム社のオフェブです。
オフェブは2019年にアメリカおよび日本において全身性硬化症に伴う間質性肺疾患に対する治療薬として承認を得ました。
IPF治療薬同様にベーリンガーインゲルハイム社は中国においてもオフェブに対する同疾患の追加適応を承認することでしょう。
その場合、アイスーリュイに先駆けてオフェブは承認を得ることになり、GNIのCTD-ILD治療薬の開発に対する大きなリスクとなります。
・肝線維症治療薬の開発【中国】
肝臓に限らず人体では反復的または持続的に損傷することで線維化が起こります。
肝臓の線維化は慢性肝炎が主な理由であることが多く、その原因はウイルス、アルコール、脂肪など多岐に渡ります。
そのため、肝線維症治療薬の開発ではターゲットとなる原因に対するアプローチも様々です。
GNIが肝線維症治療薬として開発を行っているF351(一般名:ヒドロニドン)はアイスーリュイの誘導体*であり、肝臓の線維化を抑制する効能を強めたアイスーリュイと言えます。
さらにF351は線維化を直接的に抑制する効果が期待されているため、特定の原因に限らず線維化抑制効果を得られる可能性があります。
GNIは肝線維治療薬として開発を進めていますが、その作用機序の特性上、今後はより具体的に「線維化を伴う肝炎」または「肝硬変」の治療薬として開発がなされることになります。
なぜなら線維化に関わる肝疾患は慢性肝炎または肝硬変であり、線維化はこの2つの肝疾患を紐付ける要因だからです。
これら疾患の流れとしては、慢性肝炎が長期化することで肝臓の線維化が拡大し、肝硬変へと病態が移り変わります。
故にF351は肝線維症推移の中期(線維化を伴う肝炎)から後期(肝硬変)を適応とする治療薬として開発がなされるでしょう。
アメリカにおいてもF351の上市を検討していることから、GNIの開発戦略は「中国における肝硬変患者への早期条件付承認取得により将来キャッシュフローの早期獲得」と、その資金を基盤にした「線維化を伴うNASH(非アルコール性脂肪性肝炎)治療薬の開発」が第一選択肢となるのではないでしょうか。
F351の肝線維症に対する期待される治療効果はGNIが2020年10月に公表した「(開示情報の経過)中国における肝線維症治療薬F351の第2相臨床試験の結果について」から読み解けます。
同資料ではF351の有効性が謳われていますが、その有効性は主に肝硬変患者(Ishak線維化スコア** = 6)に対して顕著であることが分かり、その点については疑うこと無くポジティブに捉えてよさそうです。
懸念点として考慮すべきが肝線維症初期の患者に対する有効性です。
肝硬変患者を除いた同治験のFAS***解析対象人数は148人(プラセボ群39人:F351群109人)であり、52週時Ishakスコアが1 以上低下した人数はプラセボ群10人(25.6%):F351群46人(42.2%)です。
一見すると有効性があるように思える上記結果も、プラセボ群とF351群との間に約3倍もの解析人数の開きがあること、さらには、解析期間が52週間と短期間であることがF351の有効性を覆す要因となりえます。
同治験結果の有効性解析はIshak線維化スコアを基にして行われましたが、同スコアが2~4の患者においては病状が悪化する様な観測がされるまでに2~3年要します。
よって、病状が悪化し難い52週時点での治療効果を評価することは難しく、現状ではF351を肝硬変治療薬として評価すべきです。
*誘導体:一つの化合物の分子構造の小部分が変化してできた化合物のこと。
**Ishak線維化スコア:線維症や硬変の重症度を1〜6段階で測定することで肝線維化の進展度を診断するもの。
***FAS(Full Analysis Set):治験参加者の内、治験適格基準違反などの除外条件を満たす参加者を除いた集団のこと。
・APL(急性前骨髄球性白血病)治療薬の開発【中国】
APL治療薬の「開発」と表記していますが、本質はAPL治療薬の「輸入品販売手続き」です。
同APL治療薬は日本国内において東光薬品工業社がアムノレイク(一般名:タミバロテン)として販売しているものであり、GNIが中国国内での同治療薬の販売を試みています。
中国で海外からの輸入品治療薬を販売する場合、臨床試験無しで申請することが可能です。
しかし同治療薬に限ってはNMPA(国家薬品監督管理局)より追加の臨床試験を求めらた後、2020年9月に同申請は却下されました。
2015年にNMPAに同治療薬の申請を行って以来、GNIは迅速な承認や条件付き早期承認を期待していましたが、その狙いが外れた形です。
申請却下の理由は同治療薬の安全性に関するものが考えられます。
タミバロテンはもともと重大な副作用を多数抱える薬剤であり、5%以上の割合で分化症候群(多臓器不全、間質性肺疾患、低酸素症など)による命に関わる副作用が誘発されることがあります。
GNIは新たな治験を行うことで同治療薬の再申請を行う可能性を述べてはいますが、前述したNMPAから求められた追加の臨床試験の結果に対して非常に大きな自信を持っていたことを踏まえると、APL治療薬の開発は頓挫する可能性が高いです。
4.その他の重要な経営活動
・CPI(コンチネント ファーマシティカルズ インク)社
GNIはIPF治療薬アイスーリュイの売上およびBABが販売する医療機器の売上によって事業資金を捻出していきました。
それらに加え、今後の医薬品開発への投資を積極的に行うため、子会社であるCPIの香港証券取引所への上場を計画しています。
中国におけるアイスーリュイの販売は現在、GNIの連結子会社である北京コンチネント社が担っています。
そして現段階ではCPIは北京コンチネントと同義です。
GNIによるCPI設立の狙いは香港証券取引所への上場ではなく、ケイマン諸島を会社所在地とすることによって得られる税制上のメリットを狙ったものです。
ケイマン諸島は代表的なタックスヘイブンの地として中華系企業に馴染みがあり、ケイマン諸島に対する年間投資額の40%前後が中国と香港から流入しています。
GNIがCPIを設立した思惑も例に漏れずこれに該当し、将来の財務基盤をより強固にする目的があります。
5.財務上の注意点
・のれん
GNIは45億円を超えるのれんを計上しており、そのほとんどがBABの株式を購入したことによって発生しました。
GNIが採用するIFRS(国際会計基準)では日本基準とは異なり、毎期減損テストを行う代わりにのれんの償却は行われません。
そのため、多額の減損処理リスクを抱えることになり、現在そのリスクが高まっている状況にあると言えます。
BABの減損テストで用いる将来キャッシュフローとして、5年間の事業計画と6年目以降の2%成長を前提としています。
しかし、順調に成長していたBABの売上高も営業利益もCovid-19パンデミックの長期化によりマイナス成長へと移り変わり、将来キャッシュフローの前提が大きく崩れている状況です。
6.財務諸表
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